コリント章第13章

 

 

分析

あの頃の私は今までの人生でとびきりの向こう見ずだった。あれは私でいて私でないことに、漠然とした恐れを抱いており、しかし、目の前のすべての瞬間が全細胞で脈を打ち、足がすくむほどの生の刺激に眩んでいた。不安が快楽に転ずるあの節々から逃げることは出来ないのです。

倫理的に問題のある言動を、倫理的に理解する思考が薄れたり、或いは全く別のものに支配されたとき、世界には大きな垂幕が掛かり見るも無惨に舞台裏へ引き摺り込まれる。

さりとて、その舞台裏が悪党たちの至高のサンクチュアリだと言うことを、19歳までの私は知りませんでした。禁断の果実だらけの静かなる炎がたぎるあの楽園を知らなかった。無知は恐ろしく、おぞましく、それでいて、他の何よりも誠実である。

 

第何章とかつきそうなこの感じ、この感じ。

 

 

回顧

しょうもない話、わたしは何もかも解ったつもりで快諾した浮気の関係。そこにぽんと現れたまた別の男の話。聞き飽きたね。

無駄に細すぎる脚をブーツカットのパンツで強調して、よく分からないトランプのモチーフがついたネックレスを首から下げ、黒いキャスケットから見える伸ばしかけの金髪と、これまた無駄に白すぎる肌。

明らかに無理な類だった、こんなセンスの持ち主はきっとわたしなんかと交わらないと思っていた。見るからに自己世界観が強く、気難しそうで近くにいることさえ気が引けた。

のに、口を開いたらただの好青年。ありがとう、好青年。いったいどんな魔法が掛かっていた(もしくはまだ掛かっている)のか知らないが、一挙手一投足が目から離れない。完全に奪われた。こら、やられた〜…。完敗。である。

成人式の打ち上げで出会った行き当たりの、隣の中学のそこそこな彼女持ちにカマをかけられるより、この青年をありがたく拝見しているほうがいいと、完全に利己主義な盲目が出来上がった。

もう多分会えることはないだろうなと思っていた。呼ばれて、群馬へ終電で向かった日。はじめは浮気男に会うためだったけど、正直なところ車中で考えていたのは8割違う男のことだった。

冬だった。黒い分厚いコートと、あのキャスケット。親指にシルバーリング。あ、こっちの方がいいとわたしの中のビッチマンピーが何度も言ってた。しこたま飲まされたのち、お手洗いについて行って、記憶ではわたしから抱きついた。やめろやめろとはぐらかされると思っていたけど、あの人はわたしの目を見て、「お前キスしたいの?」「おれとキスしたい?」って静かに聞いた。わたしはバカじゃない。だから決して頷かず、首をふりもせず、絶対に目を逸らさずに判断を委ねた。ずるいでしょ、どうなるか分かってたからそうした。

今思い返せばあの日までがわたしの楽園で、それ以上はない。二度と味わえない20歳の冒険。この先、なにがあろうと、二度と、決して、誰も、わたしでさえも、なにもかも、越えることのできない、激情で、明らかなるいちばんの恋。

甘いシュークリームの背景はこんなでした。

だれに都合良い女だと言われようが、わたしはわたしの中で棚にしまっておく恋を選び抜いて、しっかりと残しておく。その逆もそう。だからその他は全部ノーカンなんです。あるときある時期誰かの彼女になろうが、一夜の相手になろうが、わたしが認めない限りは絶対にノーカンです。

顔に似合わず恋多き女でも、股のゆるい女でも、なんとでも言えば良いけど、わたしは死んでも認めない。

わたしがほんとうに、本当に大切にしまってあるのは、まるさんと祐介だけです。わたしの近くに居たいと思ってくれている人には、それは分かってほしい。でも、無理だと言うならそれでもいいです。触れないだけでいいです。